ある朝目覚めたらぼくは
唐突に最近読んだライトノベルの話。
『ある朝目覚めたらぼくは』は集英社オレンジ文庫というレーベルから刊行されているライトノベル。
といっても昨今のはやりのような、脂っこいぎとぎとした作品ではなく、公式でも「ライト文芸」というフレーズで宣伝しており、かなり一般文芸っぽい。
イラストも表紙絵くらいで、挿絵はありませんでした。
(電子版なので、もしかしたら書籍版には挿絵があるかもしれない。集英社の電子書籍はそういうところやカバー裏をカットしたりする)
まさに、最近アニメ化されているような脂っこいライトノベルに辟易していて
(といってもそういう本はよほどピンときたものがない限り読まないので、読まないなりの勝手なイメージだけど)
こう、さらっとした読後感のありそうな本を求めて電子書籍サイトをうろついていたところ見つけたのが本作。
表紙の清廉なイメージ、牧歌的な雰囲気に惹かれ購入。
2巻まで出ていたので、この記事で2巻分のレビューになります。
あまり具体的なネタバレはしないようにしています。
まぁ雰囲気とか作品の方向性とかは書くけど。
1巻「機械人形の秘密」
あらすじ
『エデン』――それは日本有数の資産家である遠江家が広大な私有地に作った集落で、芸術家や職人が集まり、さまざまな店を出している。唯一の家族である祖父を亡くした高校生の遼は、彼が『エデン』に残してくれた住居兼アンティーク雑貨店『エトワール』に引っ越してきた。自分がいつからか持っていた機械人形を店に飾ると、人形の持ち主だという少女が現れて…?
芸術家や職人の集まる街『エデン』。アンティーク雑貨店の店長の主人公、そこで出会う少女、キーとなる機械人形。
このあらすじと表紙絵に満ちるジブリっぽさが良い…。
作品としては割とストレートなボーイ・ミーツ・ガールで、主人公が持っていた機械人形をきっかけに、お向いさんのオルゴール館で館長を務める、ヒロインの遠江きらと出会います。
遠江は「とおとうみ」と読むんですが、Google日本語入力できちんと変換できてびっくりした。創作苗字じゃなかったんだ…。
と思って検索したら地名姓っぽいですねこれ。
勝手に読み取る限り、この作品のテーマは「情けは人のためならず」ではないかと思う。
「情けは人のためにならない」という誤った使い方の方ではなく、「人にかけた情けは巡り巡って自分に返ってくるので、人に優しくせよ」という意味の方。
本作の主人公は心に大きな傷を負っており、しかし過去に他者へ施した優しさが巡り巡って、今という時間で救われる構図になっています。
それが主人公とヒロインの出会い、それまでに積み重ねた考え方や行動力が重なり合って、一つのドラマになるという形。
作中では主人公たちと対照的に、他者に辛辣にあたる人間や悪辣な人間も登場しており、彼らの存在がまた主人公たちの選択や行動を引き立てています。
そしてそれと同じくらい並列して描かれるテーマが「愛」。
本作に限らず、色々な作品が愛を軸線にして色々な物語を描いているけど、「輪るピングドラム」がそういう作品を包括して表現してくれたので、あえてそれに乗っかって形容すると「人は愛されて初めて生きていける」という話。
主人公は幼い頃に両親を失い、その後親戚の家や施設をたらい回しにされます。
そこで身につけた悲しい処世術は今になって主人公の人柄を支えていたりするんだけどそれはさておき、親族全員から愛されなかった主人公が、いかにして救われ愛を受け取るのか。
隙を生じぬ二段構えで主人公が救われる様が、本作を通して描かれています。
特に最後の最後のワンシーン、どストレートに愛が表現されていて、読んでて少し恥ずかしくなったレベル。
あらすじを読んで期待させる芸術家・職人集団によって形成される『エデン』や、主人公の経営することになるアンティーク雑貨店ですが、残念ながら1巻時点ではあまり深く掘り下げられることはありませんでした。
登場してる店も主人公の店、ヒロインのオルゴール館くらいで、あとはガラス職人とパティシエが登場人物として登場するくらい。
主人公の店は1巻の時点ではオープン準備中で、お客さんとのふれあいや、そこから生じるドラマというものはありませんでした。
『エデン』はベタながら美味しい舞台だと思うので、それがあんまり活きていなかったのは惜しかったなー。
色々なジャンルのプロフェッショナルが集まった場所なんだから、それぞれの手についたスキルが活きてくる場面があっても良かったと思う。
あと珍しさで目立ったのは、本作には学生が一人も登場しない、ということ。
主人公は一応18歳の高校生ですが、冒頭の時点でアンティーク雑貨店を引き継ぐために退学。雑貨店2階の生活スペースで一人暮らしです。
ヒロインの遠江きらは20歳で、彼女もオルゴール館の館長として働いています。
他に登場するガラス職人もパティシエも、主人公より年上で『エデン』の中で働いており、あと出て来る登場人物は全員中年以上の大人ばかり。
多分作品としては高校生~大学生あたりを中心にターゲットしていそうなので、これはちょっと意外でした。
全員大人なので、みんな精神的にとても落ち着いているのが良い。
一例として、とある事情で最初、敵対的な態度で登場するキャラクターがいるのですが、彼は誤解がとけるとちゃんと謝って詫びを入れて、その後色々と主人公のことを助けてくれるんですよ。
誰かに迷惑をかけたらまず謝る。
うやむやのうちに仲間になったり、共闘してるうちにいつの間にか仲間になっていたり、という作品は数多くありますが、きちんと謝ってくれる作品はあまり無いんですよね。
まぁすぐ謝ってしまうとそこにドラマが生まれなくなるとも言えるので、そこは和解に盛り上げどころを持っていきたい作品とそうでない作品とで違うのはわかりますが。
表紙の穏やかさに反して割と生々しい事件が起きたりもしますが、落ち着いてクセのない文体、大人な登場人物たち、清潔感のあるボーイ・ミーツ・ガールと、若年層に素直に進められるくらいに綺麗な作品でした。
2巻「千の知恵・万の理解」
あらすじ
芸術家や職人がさまざまな店を出す集落『エデン』。みんなの協力もあり、祖父が遺したアンティーク雑貨店『エトワール』を無事オープンさせた遼。『エデン』の定休日、挨拶しそびれていた占い師・おんバァさんに会いに行こうとしたところ、遼は彼女の知り合いらしき双子の少女と出会う。そしてその夜、おんバァさんと彼女の客がそれぞれ行方不明になってしまい…?
『エデン』で占い師をしているおんバァさんを中心に巻き起こる騒動のお話。
これがもう、驚くほどにお婆さん中心の物語。
メインヒロインであるはずの遠江きらは今回あんまり存在感がなくて、主人公が絡む相手は大半が表紙絵にもいる双子ちゃんとおんバァさん。
もうちょっと…もうちょっとヒロインの出番が多くても良かったんじゃないですかね!?
今回は『エデン』で暮らす人達の姿がちょっとだけ見えてきます。
主人公がそこに馴染んできている姿などは、1巻の孤独な主人公の姿を読んだあとだと、結構来るものがありました。
ただやっぱりおんバァさんが物語の軸になる分、主人公のアンティーク雑貨店は登場人物たちの「会議室」のような扱いになっていて、お客さんの姿があまり見られなかったのは惜しいところ。
ただ『エデン』の人たちがおんバァさんのために集まるシーンは読んでいてとても心地よくて、『エデン』の共同体としての機能はちゃんと物語に貢献していたと思う。
ただね、ビックリしたのがまさかのオカルト展開。
おんバァさんは占い師なので占いをするし、それが脅威の的中率、誰にも話したことのない過去まで見抜くというのは、物語に登場する占い師としてはそう珍しいことじゃないんだけど、物語後半で明らかになる「おんバァさんがしていたこと」は、ちょっと作品の世界観を揺るがすレベルの行為だと思う。
1巻と2巻で別のパラレルワールドなのではと思ってしまったくらいに。
この巻も概ね「人から愛を受け取れるか」という話で、おんバァさんと表紙の双子ちゃんがそれぞれにドラマを構築しています。
2巻の最大のポイントは、1巻で自分が愛されていたことを理解した主人公が、おんバァさんや双子ちゃんの愛をつなぐ橋渡しをしていたこと。
主人公が1巻で受け取った愛が、巡り巡って今度はおんバァさんと双子ちゃんを助ける物語として成立していて、1・2巻をあわせて読んだとき、主人公の成長の物語として完成しているのがとても気持ちがいい。
今回はとくに「名前」がキーワードとして登場していて、双子ちゃんの名前が2巻の物語を通して愛の象徴として機能する流れは見事。
終盤、今回の話はもうこれで終わりかな?と思ったところで畳み掛けるように来ますので、正直結構涙腺に来た。
2巻はとくに読後感が良くて、読み終わったあととてもすっきりした気持ちになれました。
惜しいのが、2巻の発売が2015年09月18日だということ。
つまりもう2年以上、続刊が出ていない。
作者の人はその後「ブラック企業に勤めております。」というシリーズを展開していて、最近3巻が出た模様。
「ある朝目覚めたらぼくは」シリーズはもう続きを書いてくれないんだろうか…。
ボーイ・ミーツ・ガールとしては序章の序章もいいところで、まだまだ見たいものはいっぱいあるし、まずアンティーク雑貨店がろくにお客さんを呼び込めていないし、ガラス職人もパティシエもお仕事してるところを見てないし、『エデン』をお客さんが賑わせているところも見ていない。
1・2巻合わせて、主人公の成長物語としては完成していても、この世界観ならもっとたくさん出来ることがあると思うので、なんとか今からでも続きを書いてほしいなあ…ということを言いたくてこの記事を書きました。
よく冷えたミネラルウォーターみたいな、すっきりした心地の作品になっていますので、味の濃い作品に疲れた人にはおすすめです。