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〔少女庭国〕

2022/03/22

久しぶりに小説のレビューです。
今日紹介するのは〔少女庭国〕という早川書房の作品で、作者は矢部 嵩。私は本作で初めてこの方の作品に触れたのですが、クセが強くて心持ちグロテスクなテーマが多い模様。

2014年に1200円くらいの単行本が出た後、2019年に800円くらいの文庫版が出ているようです。
(私が購入したのは後者なんですが、電子書籍なので表紙と定価以外の違いがわかりませんでした。)

あらすじ

卒業式会場に向かっていた中3の羊歯子は――暗い部屋で目覚めた。隣に続くドアには貼り紙が。“下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ”。

あらすじを見てわかるとおりの、いわゆる閉鎖空間の中で、脱出を賭けたデスゲーム的な構造を持った設定。

一連なりになった部屋のそれぞれに1人ずつ「立女」で卒業式に向かうはずだった女子中学生がおり、扉を開けて次の部屋にいくと別の女子中学生に出くわす。
2つドアを開けた場合、3部屋(n=3)-死んだ生徒(この場合m=2人)という条件を達成すれば、生き残った1人が脱出(卒業)できる、というもの。

表紙に居並ぶ大勢の少女と〔少女庭国〕というタイトルから、女の子同士が激しい感情の末に殺し合う百合サスペンスを期待する人も多いでしょう。私もそうでした。

違った。

本作はなんというか、本当に表現の難しい作品で「あの作品に似ている」と言いづらいのです。
独特な作品構造を持った小説でもあるため、出来ればこんなレビュー記事は読まず、何も知らない状態から作品に触れてみてほしい。

とは言えそれだけだとレビュー記事として成立しないので、記事を書きはするんだけど。
一応、以下はネタバレへの配慮をあまりせずに書いていくので、途中まで読んで面白そう!と思ったらページを閉じて本を買ってください。

1章「少女庭国」

本作は2章立ての構成になっており、1章「少女庭国」と2章「少女庭国補遺」に別れています。

補遺とは「書き漏らした事柄(=遺)などを、あとから補うこと。その補いの部分。」ということで、後から補足を付け足すことを意味します。
つまり1章でこの脱出ゲームを描き、2章で例えば死んだ子たちのバックボーンを描かれたりするのだろうとあたりをつけて読んでいたのですが。

本編が216ページあるうち、1章「少女庭国」は59ページしかありません。
よってこの〔少女庭国〕という小説は、本編の3/4近くが補遺ということになります。

読むとわかるんですが、このページ配分が本当に鮮烈な演出として機能していまして、本作全編に一貫して描かれている「人の命をあえてめちゃくちゃに軽く描く」前フリとなっています。

仁科羊歯子

1章「少女庭国」は中学3年生(全員そうなんだけど)仁科羊歯子の視点で描かれる物語。
石室で目覚めた羊歯子は、デスゲーム的なルールをあまり深刻には捉えず次の部屋へ向かう扉を開き続け、最終的には合計13人の女子中学生グループとなります。
全員が同じ中学校の卒業生のはずですが、どういうわけか全員初対面でした(この作品には、いわゆる「過去の因縁」みたいなものが一切無い)。

殺し合えば出られるという状況を提示されるも、あくまで中学3年の女子。積極的に殺し合うテンションの人もおらず、やがては行き詰まって閉塞感が漂い始めます。

羊歯子たちはその結果脱出を目論むのではなく、参加できなかった卒業式を自分たちで行い、ポケットに入っていたお菓子やトランプでパーティを始めます。
初対面同士でありながらも同い年の女子。なんだかんだで盛り上がりはしますが、水も食料も枯渇した5日目に、1人が死んだことをきっかけにおひらきになりました。
その後は改めて皆で自己紹介をしたあと、投票で生き残る1人を決め、羊歯子が選ばれて残りの12人は全員死亡。
最後の1人になった羊歯子が12体の死体が転がる部屋で眠りにつくところで、1章は終わります。

逆に恐ろしいことに、この1章「少女庭国」には謀略も暴力も登場しません。
皆を騙して私だけ生き残るぜ!とも、黒幕を出し抜いてみんなで脱出してやるぜ!ともなりません。
最後12人が死ぬところも投票で決まりますし、実際に殺す過程も12人が協力してきますし、最後の1人に至っては羊歯子を気遣って自殺します。

彼女たちの精神性はかなり独特のものでしたが、これを受けて始まる2章がものすごく強烈。

2章「少女庭国補遺」

一 〔安野都市子〕
講堂へ続く狭い通路を歩いていた安野都市子は気がつくと暗い部屋に寝ていた。部屋は四角く石造りだった。部屋には二枚ドアがあり、内一方には張り紙がしてあった。
張り紙を熟読した都市子はドアを開け、隣室に寝ている女子を認めるとこれを殺害した。

これが2章の冒頭です。
羊歯子たちと同じ条件に置かれた別の少女が、今度は隣の部屋の女子を速攻で殺害してしまったケース。これがたったの2文で描かれます。

その次には〔奥井雁子〕という少女が隣室の女子に襲いかかり、抵抗されて返り討ちにあったケースが、これもわずか2文で描かれます。
そういった例が、ひとまず20個ほど掲載されています。

59ページまでで描かれた羊歯子たちの短くてある意味起伏のないドラマは、ものすごく視点を引いて見てみれば

13人になったところで生き残りを決めるアンケートを行い、選ばれた羊歯子以外の12人が全員死亡した。

という死ぬほど淡白な一文に収めることが出来てしまうわけです。

そんな調子で、大量の女子たちのきっと何十ページ分もあったであろうドラマが、極めて端的かつ人間味のない「報告書」のような体裁で、ひたすら書き連ねられているのです。
1章でそれなりに情感を持って描かれたであろう、羊歯子たちの死ぬまでのストーリー。
それが非常に軽々しく、淡々と繰り返されてきた何十という事例のたった一部分でしかない、という示唆が、この2章の冒頭です。

加藤梃子

とはいえ残り150ページ全部がそんな調子というわけでもなく、例外的な出来事が起こった事例はきっちりと紙幅を取って描写されています。
十九〔加藤梃子〕の例では、彼女の何がそうさせたのかわかりませんが、とにかくひたすらに扉を開けて、その部屋にいた女子をほったらかしてガンガン先の部屋へ進んでいきます。

彼女の行動が、この作品のシチュエーションに対する大きなヒント1となっています。
梃子は34時間かけてひたすら扉を開け続け、最終的には2500近くの扉を開け、2500人という超大所帯の女子中学生集団が誕生します。
彼女たち立女の中学3年生は学年で200人いたかどうかという規模であり、2500人の中学生が同じ学校の卒業生として存在しているはずがない。

しかし梃子のむちゃくちゃな行動をきっかけに、
・2500人全員が同じ中学校の3年生で、卒業式に向かう途中だった
・全員が同じ学校に通っており、共通する人物や出来事の記憶もあった
・しかし全員が初対面だった
という物理的におかしいシチュエーションが判明します。

また、この章では
・女子中学生は扉を開けるまでは絶対に目を覚まさない
・その間、肉体の生命活動は静止している
という仕様が判明し、いよいよ現実味の薄れた異界に捕らわれていることを女子中学生たちに実感させます。

2500人の女子たちは、このまま扉を開け続けても別に出られることはないという結論に達し、財布に入っていたコインなどを使って石壁を削り別ルートを探しはじめます。
扉を開けば新鮮な女子中学生がどうせ現れるため、それを殺して人肉食を行いながら、極めて原始的な「開拓団」が誕生。
莫大な時間の果てに、最終的には身体能力に長けた十数人が生き残り、この人数なら殺しきれるだろうと殺し合いが発生し、最後の1人が決まりました。
梃子はそのどこかで死んだようですが、どう死んだのか、いつ死んだのかは描かれませんでした。

開拓団の誕生

ここから先は、ものすごくシンプルに殺し合って死んだ事例は数が減り、開拓に至った集団の記載が増えていきます。
そのいずれもが人肉食で空腹を補い、生存の可能性を模索しています。

豊村画弥子

彼女は目覚める最初の1人という概念に行き当たります。
羊歯子の例で言うと、彼女は手前の扉が開く前から目を覚ましていたわけで(画弥子の章では「ぐり子」という女子が最初の1人だった)、つまりその前の部屋では何が起こっていたか。

画弥子の推測では、殺し合いが完了して扉を開ける者がいなくなったため、隣室の「先頭の女子」が目覚めたのだという。
このグループは食料にした女子中学生の骨から道具を作り、金属製の扉を外すことに成功、ぐり子の前には原始的な開拓団がおり、殺し合って最後の1人が決まったのだろうと判明します。

つまりひたすら一列に続く石室は、過去から未来への連綿の一部でもあるという示唆です。
未来への扉を開けねば状況は動かず、過去への扉を開けば滅んだ前のグループの行いを垣間見ることが出来るという新事実の判明でした。
こうして画弥子のグループは、前のグループが残した道具を使って開拓を開始しますが、どこにもたどり着かず全滅しました。

彼女たちは当然、別のグループと合流することがないため知識の共有が行われません。
すべてを知っているのは、神の視点で物語を読んでいる読者のみです。

開拓という選択肢が有効に行われた例もあれば、全く何も実を結ぶことなく全滅した例も、先述の通り淡々と書き連ねられています。

こうして原始時代の人類の歴史を辿るように、数多の失敗例を女子中学生たちを通して見ていくのが本作の最大の特徴です。
ほぼ全ての事例において、大した成果を得られることもなく全滅していく女子中学生たち。
それなりに上手く行った事例では、新しい女子中学生を奴隷として使役し、疲弊したら食料にするという方法で開拓の規模を広げていったケースもありました。

この「複数の集団がおおよそ数パターンの結論にたどり着き、そのうち長く繁栄したグループが書の中で大きい紙幅を得る」という構造。
言わば、本書は「極限状況に置かれた女子中学生というニッチなシチュエーションを軸にした歴史書」と言い換えることが出来ます。
成功者の物語であり、失敗者の記録であり、そのいずれもが、この石室から出ることなく滅んでいきました。

(極限的状況でなければ)現実と何が違うのだろう、というメッセージなんでしょうか。
私の勝手に読み取ったところであって、そういう強い示唆を含んではいないと思っていますが。

市川脈子

本書でも珍しい例で、羊歯子たちが死んだ次の部屋にいた女子たちのグループの記録。
12体の死体と、羊歯子たちが生徒手帳などに残したメッセージの受け取り手になります。
死体は12体のみだったそうなので、羊歯子はどうやら脱出できた?ようなのですが、そういった話は補遺されていません。

彼女たちは更にさかのぼり、羊歯子の部屋の手前、本書の始まる前のグループの扉を開くことに成功します。

石室都市

2章の中では最も長いシリーズで、羊歯子たちの前に誰かが作った非常に広大な、都市ともいえる空間に入植した脈子たちの数十年後が描かれます。
そこでは女子中学生のみによる社会が改めて構築されており、学校や図書館、市場や祭りから擬似的な親子関係までが再現されています。
いずれも先の部屋にある女子中学生を殺して作った食料だったり、奪った所持品だったり、記憶からひねりだした自作の本だったりが、数十年分積み重ねられています。

本書に出てくる中でもっとも反映したのがこの都市編で、それこそ思考実験のように、閉鎖空間の中で出来る範囲の隆盛というものが描かれています。
脈子たちが入植できた、羊歯子が扉を開かれることなく目覚めたことからわかるように、その都市も羊歯子が目覚める前に滅んでおり、脈子たちも滅ぶのですが。

東南條桜薫子

もう名前がだいぶやけくそになっている気がする。
本作のメインテーマと思われる要素について、かなり具体的に言及されているケース。
終盤に来てこのエピソードを入れるからには、恐らく作者の方の中ではこれがアンサーなのだろうと思っている。

石田好子

本作の最終章。極めてシンプルな、これまでのケースをラーメンのスープに例えるとよく冷えた水のような味わいのケース。
初めて百合っぽい文脈が出てきた。
いや、百合を女性同士の感情のぶつけ合いと定義するなら、これまでのケースにも多々見えていたんだけども。

感想

閉鎖空間に閉じ込められた女子中学生たちが、ひたすら殺し合い、ときに違う道を選び、最終的にはやがて滅び、次の女子中学生が目を覚ます。
本作はひたすらその繰り返しだけで構成されています。
どれだけ大きく立派な集団を形成しても、文明を残しても、いずれは滅んで誰も残らず消えてなくなります。
それは古代の文明の勃興のようであり、惑星の消失のようであり、つまり普遍的な「何かが生まれてから終わるまで」の繰り返しを、女子中学生という媒体を使って置き換えたものです。

本書の中に、この状況を仕組んだ何者かのアンサーは出てきませんし、そんなものが本当にいるのかもわかりません。
石の壁は何百メートル掘り進めてもどこにもたどり着かないし、脱出した人が本当に脱出したのかもわかりません(少なくとも死体は消えているので石室の外には行ったのだろうけど)。

ひたすら生まれては消えていく女子中学生グループ。
集団になれば時に連帯が生まれ、組織になり、内部分裂し、壊滅します。その規模に応じて紙幅が取られ、あっという間に死んだグループでは1ページの1/3ほどの分量で語られて終わります。

ものすごく突き放された態度で見る、女の子たちの滅びの物語でした。
羊歯子はじめ長く描かれたグループほど、情報量も多く感情が描かれた内容になっていましたが、私はむしろ一瞬で死んでいった子達の方に惹かれました。

特に気に入ったのが五十〔国分星子〕のケース。読んでてゾクゾクした。
六十二〔手塚Q子〕もかなりのものだった。あの虚しさと、その後を描かない文体にシビれた。

決して万人にはお勧めできない(グロテスクな描写も多いので)けど、少なくともハマった私の中には強烈な一個が残る。そんな小説でした。

ちなみに描き下ろしの番外編がHayakawa Books & Magazinesというサイトに掲載されています。
こちらは本書を読み終わった後を前提に書かれているようなので、少女庭国読んだけど何それ知らない、って人はぜひ読んでみてください。
少女庭国よりもだいぶ百合に比重を寄せた短編になっています。

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